猫額の手帖

猫の額ほどの小さな物語を紡いでいます。

はじめまして。

はじめまして、つんです。

 

『猫額の手帖』というタイトルで、まとまりのないお話を書いていこうと思います。

 

語り手の「私」のまわりにある不思議な世界と、残酷な現実。ほころびを縫いながら生きることの難しさに苛まれる。

 

たどり着く場所があるのかわかりませんが、日常を呟くように、歩んでいきます。

 

よろしくお願いいたします。

#Twitter300字ss 第六十六回「橋」

#Twitter300字ss 第六十六回「橋」

 

『青空に虹の橋』

 

 闘病を終えた母を追うように去年の晩夏、愛猫が虹の橋を渡った。気にかけていた咳の状態を診てもらいに動物病院へ連れて行き、余命宣告を受ける。一畳程のペット用酸素室をレンタルして看取りを決めた。
 透明な壁に遮られても撫でられたくて、ふて寝して、起きてご飯を催促しながら咳き込んで。度々ひきつけの後、安楽死を迫られた。
「自分で逝くわ」
決めた彼女は私の腕の中で呼吸をやめた。
 どんなに揺さぶっても名前を呼んでもむせび泣いても、魂の分だけ軽くなった体は冷えて硬くなるだけだった。火葬の日はどこまでも青い空。また会おうと約束した翌年、検査薬に二本の橋が浮かぶ。初めての陽性。天国の散歩を満喫したんだね。
 おかえりなさい。

#Twitter300字ss 第57回「演じる」

#Twitter300字ss 第57回「演じる」

『七年私怨』

魂は合っている。
一筋に照らされたステージの上、ライブ用の黒の法衣で木魚を鳴らす。宗派や階級にとらわれず聴いてほしかった。
「七年続く私怨の綴り今日で終わらし祓しましょ」
(いけいけ浄土の蓮の池!)
 ファンは施無畏印与願印の合いの手をくれる。
「暗く底無く苦楽の闇の奈落の花よどこへ咲く」
(お前の為に俺が泣く!)
古今東西あらゆる神にすがる荒魂鎮めましょ」
(そのタピオカは数珠じゃねぇ!)
 ぽぉーんっ
 ひときわ大きな音が会場を包み、皆が合掌する。現代社会のストレスの中で雑念は消せない。少しでも穏やかであるように、私は演者となる。
「ありがとう」
 逝き先を見失っていた霊魂は今宵、正しい道へと導かれて旅立ったようだ。

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『猫又が転生したら人間だった件(予定)』

しっぽがふたつに割れて悟った私は、ご飯の器を風呂敷で包む。旅は身軽が一番だ。みっともない寝顔へおでこをすりつけ、そのにおいを最後に吸い込んだ。
(さようなら)
 からら、と窓を開いた音で、背後の人物が体を起こす気配がする。振り返ってはいけない。猫を演じた十七年が無駄になる。
「左手が疼く!」
 奇声とともに投げられたのは、詰め放題のきゅうりがごとく、ジップロックにみっしり入ったとびきりちゅーる。
「猫又が転生したら人間だった件、かぁ。悪くないなぁ」
 転生ものは流行りだね、そうだね。次は貴女の子供に生まれてくるよ。
(またね)
 ぱんぱんになった風呂敷を背負い直し、ぽろぽろ涙をこぼしながら、懐かしい部屋をあとにした。

#Twitter300字ss 第48回「霧」『岐路、もしくは幕間』

#Twitter300字ss 第48回「霧」『岐路、もしくは幕間』

 霧雨に立つ古びた教会で祈りを捧げていた。
(主よ、我らが父よ、何故)
 冷たい床へ繋がる膝は震え、胸の前でかたく握る手には力がこめられている。
(何故、私なのですかっ)
 三年を病床で過ごした母を亡くし、やっと我に返ったときには「残念ですが」と医師から宣告を受けるはめになっていた。努力は報われるだのなんだのと、まわりに押し込められた時間は、自分の命を縮めただけだった。
「用事は済んだかい?」
 悪魔は愛らしい黒猫の姿で囁いた。行き先が地獄なら救いなど求めるのは無駄だ。だらりと両手をおろして十字架を見上げる。悲劇的な人生には必ず涙の最後を添えなければならない。
 雲の隙間から光がさす頃、そこはただの公園に戻っていた。

#Twitter300字ss 第47回「食べる」『チョコレート文明』

#Twitter300字ss 第47回「食べる」

『チョコレート文明』

 秋のコンビニは魔物だ。帰宅したテーブルへ新作のチョコレートを並べ、インスタントコーヒーを淹れる。心構えをして正座で祈る。
「いただきます」
 透明のフィルムをはがすと甘い香りがする。まずはヘーゼルナッツ入りを。ミルクチョコに混ぜたナッツの食感がいい。滑らかな至福へ到達できる。次はマロン味のもの。香りが弱く渋さが前に出ている。コーヒーで味覚をリセットした。老舗お菓子メーカーは、厳選したカカオ豆を使ったタブレット。丁寧につまんで舌の上へ。鼻孔へ抜けるビターと、ゆっくりとろけるミルク。これだ。プロが試行錯誤で配合率を決め、商品化となったこのチョコレートこそ、芯から満たしてくれる。
 私が夜へ溶けていきそうだ。

#twnvday 9月14日

#Twitter300字ss 第46回「秋」 『対岸のひと』

#Twitter300字ss 第46回「秋」

 

『対岸のひと』

 

 病床の窓から見える川縁で赤一面に咲く彼岸花。その上を歩いて母が迎えに来るようで恐ろしい。一週間の入院生活は気が滅入る。
(心配してあげてるのよ)
 首筋へ冷たい風が流れた。嫌なものがあちこちにいて悪寒がする。耳障りな声色が鼓膜にべったりと張りつく。パートナーが持たせてくれた御守りがあったはず。ベッドサイドの引き出しを開けると、私の手首のサイズに合わせ直した形見の腕時計が入っていた。
(心配してあげてるのよ)
 押し付けられる母性が嫌いだった。世間的な親孝行をしてやるれるはずもなく、最後までわかりあえずに旅立ちを見送った。赦されることはない。それでいい。
 腕時計を丁寧にハンカチでくるんで、引き出しを閉じた。