猫額の手帖

猫の額ほどの小さな物語を紡いでいます。

2018-01-03から1日間の記事一覧

#猫額の手帖043

限りある時間の中で愛を伝えるにはどうしたらいい。四つ葉の魔除けを定期入れに忍ばせる。小麦を七粒のせて、胸の前で両手を握る。「律儀な愛情は悪くないよ」囁く声がして目を凝らす。緑色の羽をのばして、からかうような瞳で妖精が見ている。答えてはいけ…

#猫額の手帖042

憧れがあった。ブランコをやめない子供、しかる親。帰り道に繋ぐ大小の手。愛情は無償で与えられ、それが当たり前であること。私とは違う世界の話。帰れない家、花びらのように身体中に咲く痣、かん高い母の罵声。あれは悪魔に憑かれていたのだ。死ぬまでず…

#猫額の手帖041

旅をするならどこだろう。風の気持ちいい山、あたたかな湯気の立ち上る温泉、マイナスイオンたっぷりの滝。妖精が様々な形で寄り添いながら生きていて、人間が忘れてしまった大切なものを語り継ぎ、時に厳しい姿で説き伏せる。私たちは世界のごく一部として…

#猫額の手帖040

「一緒に暮らそう」大きな悲しみと不自由な涙を流す私を、同居人は優しく撫でてくれた。冷え症のひんやりした手にすがりつき、もうこれ以上、心を壊すことはしたくないと願った。日々は常にバランスの悪い世界に存在する。穏やかであるのは難しい。私は彼と…

#猫額の手帖039

「好きだよ」とメールをしかけて削除した。この気持ちは、言葉は、機械や妖精の力を頼ってはいけない。伝えることが苦手な私たちは何度もすれ違い、悪魔はいともあっさりと同居人の心を溶かして飲み込んだ。宿る暗闇に勝てる術をまだ知らない。だから今は、…

#猫額の手帖038

世界に色が戻った日、妖精の姿は当たり前に存在していた。曇りのない空を悠々と泳ぎまわり、私のそばで笑っていた。最初はとうとう気がおかしくなったのかと思った。精神安定剤や睡眠導入剤の類いで変わるものはなく、それを事実として受け入れた。足元で咲…

#猫額の手帖037

病院から処方された薬を、朝昼晩就寝前と、欠かさずに飲み続けらるのは、一回でも忘れたらあっという間に向こう側へ連れていかれる恐怖心があるから。笑い合い嗤い合う、おかしな世界は、ほんのすぐ裏側に存在している。美しいだけに恐ろしい妖精たちと、私…

#猫額の手帖036

気になることを調べるために寄った図書館で、来年のカレンダーが用意されている。去年の私は、明日とか明後日とかわからなくて、一日を生き延びるのがやっとで、苦しくてたまらなかった。悲しみと向き合って、自分の中にある陰鬱とした記憶を解体しなければ…

#猫額の手帖035

ふんわりと焼きあがったホットケーキを食べる姿を見ると、同居人の中の悪魔はいなくなったのではと勘違いしそうになるが、まだいらっしゃる。エネルギーをたくさん摂取するので、肥満予防や栄養バランス、一番大事な食費に悩まされながら、今日も私は悪魔と…

#猫額の手帖034

空が青いなんて誰が決めた。私のフィルターを通して見えるキャンバスは不気味なほど、灰色のまま。昨日も一昨日もそうだったから、明日も同じに違いない。その代わり、鮮やかな妖精たちが悠々と泳ぐ姿を見つけやすい。「そろそろ吹くよ」風のものが教えてく…

#猫額の手帖033

二人を隔てるものが言葉なら、キスをして唇をふさごう。身体が邪魔をするのなら、抱き合って体温を交わそう。悲しみも喜びも分け合って眠ろう。あたたかな夜にすべての子供たちへ幸福が訪れますように。迎える朝が、安らぎと光に満ち溢れて、妖精の羽音が穏…

#猫額の手帖032

私が忙しさに心を失っていた時、悪魔は同居人の心へ住みついた。何度自分を責めただろう。時間に環境に周囲の抑圧に、すべてに負けたりしなければ、あなたをこんな苦しめることはなかったはずだ。今さら嘆いても解決も前進もしない。二人が幸せになる為に空…

#猫額の手帖031

賑わう街のイルミネーションに、違和感を覚えた。あの光だけ違う。周囲の人間達は雰囲気を楽しみ、隣に居る誰かを見つめる。母親に手を繋がれた幼い子供が指を向ける。「ちょうちょ!」こんな寒さの中で見えるのは蝶ではない。暗闇へ吸い込まれていく微かな…

#猫額の手帖030

駅前のミスタードーナツに立ち寄る。いくつ買って帰ろうか。私はひとつ。同居人はみっつ。家に住む妖精のブラウニーにも、おすそわけが必要だ。クーポン券には五個まで各百円と記載されている。みんなの分でちょうどになる。それぞれの好みのドーナツをトレ…

#猫額の手帖029

同居人の食べる姿が好きだ。テーブルの手料理を見つめ「食べていいの?」とたずねる。明日の分はタッパーに移してあるから、目の前のご飯はあなたのものだよと言うと、祈るように両手を揃える。「いただきます」一口を大きく含んで、よく噛んで。はじける笑…

#猫額の手帖028

母の通院に付き添っていた時期は、タリーズの新作を楽しんでいた。元々コーヒー好きで、院内唯一の休憩場所の常連だった。病院という性質からか、黒いものがそこらじゅうにいた。気分が塞いで、自分まで取り込まれないように、店頭で買ったくまのぬいぐるみ…

#猫額の手帖027

手を出せば怪我をする。注意事項みたいなものが、妖精たちにもあるらしい。礼儀を忘れてはならないとか服のほどこしをしてはいけないとか。見えるようになったからといって、向こう側のことについて、私はあまりにもうとい気がしてきた。好きになった相手の…

#猫額の手帖026

悪魔に気に入られている同居人はたまに、サラマンダーよりも激しく、ゴブリンよりも荒く怒りだして、止めらないことがある。そんなとき私は、満月がこぼれ落とした蜂蜜をすくい、たっぷり入れたミルクティーを差し出す。大丈夫、怖くないよ。猫たちも一緒に…

#猫額の手帖025

ふと、私のまわりには当たり前に存在している妖精はいったい何者で、どんなことをしてくれるのか、どんなことをしてはいけないとか、ルールやマナーを知らないことに気がつく。親しい相手に対しても礼儀はあるもの。人ではない彼らへは尚更に必要だろう。午…

#猫額の手帖024

母は生前によく珈琲を飲んでいた。そのせいだろうか、我が家のお姉さん猫のウクーはいつも珈琲の香りがして、甘えっこちゃんの妹猫のノノはたまにミルクの香りがする。二匹のお腹へ交互に顔を埋めてみると、これがカフェオレの香りに変化する。ささやかでこ…

#猫額の手帖023

玄関に揃えて置かれたコンバースのスニーカーは、冬の夜空と似た色をしている。どこまでも深い紺が歩くとき、きっと星をこぼすに違いない。その光を拾いながら集まってくる妖精が、願わくば、優しいものでありますように。私だけに見えている世界が、美しい…

#猫額の手帖022

トートバッグに秋の名残を詰め込む。古い知り合いが近くまで出てくる。この街にもまだ妖精が存在することを知り、彼らと共生するようになってから、人間と関わる機会を減らしてしまった。林檎のケーキに入れたシナモンは、こちらのものではない。どんな反応…

#猫額の手帖021

雨だ。天気予報を見るのをすっかり忘れていた。たまに遠出をするとこうだ。アパートまで走ったところで、洗濯物は全滅だろう。風と火の妖精たちが仲良くしてくれれば、なんとかなるかも。まあ、そんな気まぐれの高望みなんて、一度たりとも成功した試しがな…

#猫額の手帖020

名前を知らずとも、美しいものは美しい。呼吸が浅くなったとき、うつむいて歩いているとき、花はそっと咲いている。いくつかの光が浮わついて飛んでいた。妖精だろう。彼らの感性は人間とは違い、正誤や異形を問わない。愛された花の輝きに気がつけるかどう…

#猫額の手帖019

瞼を閉じて流れ星が遠ざかる。きらきらと焦げつく音が耳へ触れた。こんな夜は妖精たちが鮮やかに飛ぶ。冬の冷たい風を羽に乗せて、月まで上っていきそうだ。震えながら人間の身体を支える。この内側にある想いが涙に引き裂かれても、明け方の光に溶けていけ…

#猫額の手帖018

今日はやたらと迷惑メールが届く。URLを踏んだらだめなやつ。架空請求。なりすまし。ポイントカードだなんだと登録すればどこかから漏れる。削除が面倒になり、ソファーへスマホを放る。「にゃっ!」しまった。猫にヒットした。土下座しても許されないので潔…

#猫額の手帖017

同居人と付き合い始めた年のクリスマス、贈られたハンドクリームは、今でもポーチに入れている。消費期限があればそろそろ使うのはやめた方がいいかもしれない。甘ったるいバニラの香りはささくれた指先と気持ちによく染みる。そばにいた妖精が心地よさげに…

#猫額の手帖016

たたん、たたたん。揺れながら運ばれていく。人混みを嫌う妖精を電車内でも見かける。加護がある人のそばに居り、恨みを積もらせる人のそばにも居る。ヒヤリと背中が冷たい。斜め前に立つ女性の、スマートフォンを見つめる瞳が濁る。黒い淀みから必死に意識…

#猫額の手帖015

近所のスーパーへ夕飯の買い出しに行く途中、鳩が二羽、道路を占拠しながら羽の虫干しをしている。交通量が少なくないこの場所で、危なげなくいられるのは、日差しのゆらめきに踊る妖精のおかげだ。良い関係にはささやかな加護が見られる。今夜は久しぶりに…

#猫額の手帖014

あの指は昨晩、私の中を泳いでいた。怯え、求め、確かめ、安らぐ。赤子が母親をねだるような、乱暴でもあり優しさでもある感情に揺さぶられ、個々は対になる。リャナン・シーという妖精ならば、彼の魂を奪う代わりに何かを与えられたのに。人間でしかない掌…