猫額の手帖

猫の額ほどの小さな物語を紡いでいます。

Twitter #猫額の手帖

#猫額の手帖034

空が青いなんて誰が決めた。私のフィルターを通して見えるキャンバスは不気味なほど、灰色のまま。昨日も一昨日もそうだったから、明日も同じに違いない。その代わり、鮮やかな妖精たちが悠々と泳ぐ姿を見つけやすい。「そろそろ吹くよ」風のものが教えてく…

#猫額の手帖033

二人を隔てるものが言葉なら、キスをして唇をふさごう。身体が邪魔をするのなら、抱き合って体温を交わそう。悲しみも喜びも分け合って眠ろう。あたたかな夜にすべての子供たちへ幸福が訪れますように。迎える朝が、安らぎと光に満ち溢れて、妖精の羽音が穏…

#猫額の手帖032

私が忙しさに心を失っていた時、悪魔は同居人の心へ住みついた。何度自分を責めただろう。時間に環境に周囲の抑圧に、すべてに負けたりしなければ、あなたをこんな苦しめることはなかったはずだ。今さら嘆いても解決も前進もしない。二人が幸せになる為に空…

#猫額の手帖031

賑わう街のイルミネーションに、違和感を覚えた。あの光だけ違う。周囲の人間達は雰囲気を楽しみ、隣に居る誰かを見つめる。母親に手を繋がれた幼い子供が指を向ける。「ちょうちょ!」こんな寒さの中で見えるのは蝶ではない。暗闇へ吸い込まれていく微かな…

#猫額の手帖030

駅前のミスタードーナツに立ち寄る。いくつ買って帰ろうか。私はひとつ。同居人はみっつ。家に住む妖精のブラウニーにも、おすそわけが必要だ。クーポン券には五個まで各百円と記載されている。みんなの分でちょうどになる。それぞれの好みのドーナツをトレ…

#猫額の手帖029

同居人の食べる姿が好きだ。テーブルの手料理を見つめ「食べていいの?」とたずねる。明日の分はタッパーに移してあるから、目の前のご飯はあなたのものだよと言うと、祈るように両手を揃える。「いただきます」一口を大きく含んで、よく噛んで。はじける笑…

#猫額の手帖028

母の通院に付き添っていた時期は、タリーズの新作を楽しんでいた。元々コーヒー好きで、院内唯一の休憩場所の常連だった。病院という性質からか、黒いものがそこらじゅうにいた。気分が塞いで、自分まで取り込まれないように、店頭で買ったくまのぬいぐるみ…

#猫額の手帖027

手を出せば怪我をする。注意事項みたいなものが、妖精たちにもあるらしい。礼儀を忘れてはならないとか服のほどこしをしてはいけないとか。見えるようになったからといって、向こう側のことについて、私はあまりにもうとい気がしてきた。好きになった相手の…

#猫額の手帖026

悪魔に気に入られている同居人はたまに、サラマンダーよりも激しく、ゴブリンよりも荒く怒りだして、止めらないことがある。そんなとき私は、満月がこぼれ落とした蜂蜜をすくい、たっぷり入れたミルクティーを差し出す。大丈夫、怖くないよ。猫たちも一緒に…

#猫額の手帖025

ふと、私のまわりには当たり前に存在している妖精はいったい何者で、どんなことをしてくれるのか、どんなことをしてはいけないとか、ルールやマナーを知らないことに気がつく。親しい相手に対しても礼儀はあるもの。人ではない彼らへは尚更に必要だろう。午…

#猫額の手帖024

母は生前によく珈琲を飲んでいた。そのせいだろうか、我が家のお姉さん猫のウクーはいつも珈琲の香りがして、甘えっこちゃんの妹猫のノノはたまにミルクの香りがする。二匹のお腹へ交互に顔を埋めてみると、これがカフェオレの香りに変化する。ささやかでこ…

#猫額の手帖023

玄関に揃えて置かれたコンバースのスニーカーは、冬の夜空と似た色をしている。どこまでも深い紺が歩くとき、きっと星をこぼすに違いない。その光を拾いながら集まってくる妖精が、願わくば、優しいものでありますように。私だけに見えている世界が、美しい…

#猫額の手帖022

トートバッグに秋の名残を詰め込む。古い知り合いが近くまで出てくる。この街にもまだ妖精が存在することを知り、彼らと共生するようになってから、人間と関わる機会を減らしてしまった。林檎のケーキに入れたシナモンは、こちらのものではない。どんな反応…

#猫額の手帖021

雨だ。天気予報を見るのをすっかり忘れていた。たまに遠出をするとこうだ。アパートまで走ったところで、洗濯物は全滅だろう。風と火の妖精たちが仲良くしてくれれば、なんとかなるかも。まあ、そんな気まぐれの高望みなんて、一度たりとも成功した試しがな…

#猫額の手帖020

名前を知らずとも、美しいものは美しい。呼吸が浅くなったとき、うつむいて歩いているとき、花はそっと咲いている。いくつかの光が浮わついて飛んでいた。妖精だろう。彼らの感性は人間とは違い、正誤や異形を問わない。愛された花の輝きに気がつけるかどう…

#猫額の手帖019

瞼を閉じて流れ星が遠ざかる。きらきらと焦げつく音が耳へ触れた。こんな夜は妖精たちが鮮やかに飛ぶ。冬の冷たい風を羽に乗せて、月まで上っていきそうだ。震えながら人間の身体を支える。この内側にある想いが涙に引き裂かれても、明け方の光に溶けていけ…

#猫額の手帖018

今日はやたらと迷惑メールが届く。URLを踏んだらだめなやつ。架空請求。なりすまし。ポイントカードだなんだと登録すればどこかから漏れる。削除が面倒になり、ソファーへスマホを放る。「にゃっ!」しまった。猫にヒットした。土下座しても許されないので潔…

#猫額の手帖017

同居人と付き合い始めた年のクリスマス、贈られたハンドクリームは、今でもポーチに入れている。消費期限があればそろそろ使うのはやめた方がいいかもしれない。甘ったるいバニラの香りはささくれた指先と気持ちによく染みる。そばにいた妖精が心地よさげに…

#猫額の手帖016

たたん、たたたん。揺れながら運ばれていく。人混みを嫌う妖精を電車内でも見かける。加護がある人のそばに居り、恨みを積もらせる人のそばにも居る。ヒヤリと背中が冷たい。斜め前に立つ女性の、スマートフォンを見つめる瞳が濁る。黒い淀みから必死に意識…

#猫額の手帖015

近所のスーパーへ夕飯の買い出しに行く途中、鳩が二羽、道路を占拠しながら羽の虫干しをしている。交通量が少なくないこの場所で、危なげなくいられるのは、日差しのゆらめきに踊る妖精のおかげだ。良い関係にはささやかな加護が見られる。今夜は久しぶりに…

#猫額の手帖014

あの指は昨晩、私の中を泳いでいた。怯え、求め、確かめ、安らぐ。赤子が母親をねだるような、乱暴でもあり優しさでもある感情に揺さぶられ、個々は対になる。リャナン・シーという妖精ならば、彼の魂を奪う代わりに何かを与えられたのに。人間でしかない掌…

#猫額の手帖013

「大丈夫だよ」私はよく悪夢を見る。目が覚めるまでの間に、同居人は背中を撫でて、猫たちも布団にもぐりこむ。ゆっくり瞬きをすると、ようやく脳みそが現実へ帰ってこられた。過去の記憶に縛り続けられている。ぬくもりをぎゅっと握りしめる。「大丈夫だよ…

#猫額の手帖012

等しく無力な夜。どうして懺悔したくなるのだろう。愛し方がわからずに言葉や態度で傷つけ、見放されないことを安堵する。相手が妖精や悪魔だったら呪い殺されている。同居人の内側に居る何かが、その類いだと知っていた。それでもこの手を離したくない。ご…

#猫額の手帖011

カフェのテラス席に案内され、寒さとコーヒーの温かさが戦っていると、蟻の子供がこちらを見ていた。余っていた角砂糖を爪で割り、イスの下へ放る。「きょうはみんなで、ジュースだ!」嬉々とした声がする。午後のティータイムを楽しく過ごせるのは、人間だ…

#猫額の手帖010

カモミールとタイムを合わせたバスソルトを湯船に入れる。昨日から鼻がむず痒く、今日はだるさもある。あまり具合がよくない。水の精霊が「ローストか?スープか?」と訪ねてくるが、あいにく私は食用肉ではない。カーディガンのボタンを外しながら、脱衣場…

#猫額の手帖009

ベランダで育てているハーブの葉を一枚もらっていいかと、立派な角のトナカイに聞かれた。「どうぞ」共有者の許可を得ていないが大丈夫だろう。渡した後で気がついた。そうか、トナカイ。今年はまだプレゼントの用意がない。ショーウィンドウで見かけたあの…

#猫額の手帖008

妖精は光り物が好きらしい。商店街の大きなツリーにライトが灯れば、ひとつふたつと淡い光が瞬く。よく見るとそれは、小さな人をかたどっているとわかるが、この賑やかさで気づく人間はほとんどいない。気づいてしまった私は、躍りの輪へ誘われている。タイ…

#猫額の手帖007

意識や気持ちをひとつの場所に集中させると、そこからダメージを受けたとき、取り返しがつかないほど心を折られてしまう。モノクロに閉じ込められた時期の私はすべてが怖かった。悪意を積みあげた壁を叩いても、血がにじむだけだった。世界に慈悲も救いもな…

#猫額の手帖006

集合ポストの中にギフト用の包装紙が見える。差出人は久しい友人だ。ばたばたと帰宅して靴を放り投げ、何故か正座をしながら封を開けた。小さな星形のキャンドル。金平糖柄の便箋には、気遣いの言葉が並んでいる。火の妖精がちらちらと集まりだした。今夜は…

#猫額の手帖005

電車の窓から見える景色は無機質で、どうやって妖精たちが生き延びてきたのか、不思議だった。「あなたが見なかっただけよ」空いた席へ座ると膝の上に光を見つける。小さな手を叩き、開いた小説の続きを催促する。色を失っていたのは私の方だろう。ゆっくり…