猫額の手帖

猫の額ほどの小さな物語を紡いでいます。

『はじまりのこと』

 暗く深い夜の中に居る。
 母を亡くした悲しみよりも、母に憎まれていた事実に心を失う。最期を看取るまでの日々は無惨だった。だからこそ誰かに許されたかった。
(泣いてるの?)
 囁きがする。
 愉しげな子供の声が問う。
「泣けたら楽だろうね」
 方法を忘れた私には出来ないけれど。
(じゃあ、いっしょに踊りましょう!)
 黒一色の服を何かが照らす。光はひとつ、またひとつと増えた。小さな人の形をしたもの、透き通る羽を持つもの、ユニークな顔立ちをしたもの、美しさのすべてを表すもの。
 鈴。葉の擦れ。朝の目覚め。あらゆる音が体内に流れ込む。息を吐き出すのがやっとで、それまでの自分の呼吸の浅さに気がつく。
 冬の終わり、世界は彩りを変えた。