猫額の手帖

猫の額ほどの小さな物語を紡いでいます。

『穏やかでありますように』

 図書館までの道中、手入れされた鉢植えの並ぶ一軒家がある。なかでもラベンダーには春の残光が宿る。やわらかな香りに顔を寄せると、老婆が微笑んでいた。ニットの襟から見える首の細さに、去年亡くした母を重ねる。
「夫が先立って三十年も一人だったけど、草花たちが居てくれるから、とても幸せよ」
 でも、と続けた言葉は病のものだった。鉢を両手で持ち上げて香りを惜しむと、私の腕の中へ押し付ける。
「この子をもらってちょうだい」
 彼女の肩には、紫色のローブを纏う小さな妖精がいた。ぽろぽろと涙を流し、自らの頭をしわだらけの頬にすり付ける。その仕草でどんなに愛されていたのかを知る。
 おいで。悲しみはわかち合うものだから。

 

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#Twitter300字ss 第38回「贈り物」

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