猫額の手帖

猫の額ほどの小さな物語を紡いでいます。

#Twitter300字ss 第46回「秋」 『対岸のひと』

#Twitter300字ss 第46回「秋」

 

『対岸のひと』

 

 病床の窓から見える川縁で赤一面に咲く彼岸花。その上を歩いて母が迎えに来るようで恐ろしい。一週間の入院生活は気が滅入る。
(心配してあげてるのよ)
 首筋へ冷たい風が流れた。嫌なものがあちこちにいて悪寒がする。耳障りな声色が鼓膜にべったりと張りつく。パートナーが持たせてくれた御守りがあったはず。ベッドサイドの引き出しを開けると、私の手首のサイズに合わせ直した形見の腕時計が入っていた。
(心配してあげてるのよ)
 押し付けられる母性が嫌いだった。世間的な親孝行をしてやるれるはずもなく、最後までわかりあえずに旅立ちを見送った。赦されることはない。それでいい。
 腕時計を丁寧にハンカチでくるんで、引き出しを閉じた。