猫額の手帖

猫の額ほどの小さな物語を紡いでいます。

#Twitter300字ss 第45回「帰る」 『おかえりなさい』

#Twitter300字ss 第45回「帰る」

『おかえりなさい』

 汗ばんだ背中が不快で、ミントティーをマグカップへ淹れる。猫達の落ち着かない様子を見ると、よくないものが近くにいるらしい。マリアの描かれたメダイのブレスレットを手首にはめる。
 カチャン。小さな音を立てて玄関の鍵が開く。同居人が帰宅する時間だ。
「何だか息苦しいね」
 ドアの隙間から聞こえる声にノイズが混じる。彼の中には悪魔が居る。祓い方を間違えば命に関わるので、手出しが出来ない。
「おかえりなさい。まずは美味しい紅茶かな」
 玄関で両腕を広げる。拒んで嫌って、彼を失うことが恐ろしい。私の命をあげるから、私の胸へお帰り。ぼんやりした足取りで歩み寄り、されるがままの体を抱きしめる。大丈夫。何度でも唱えてあげる。

#Twitter300字ss 第44回「約束」 『猫、帰る。』

#Twitter300字ss @Tw300ss

第44回「約束」

 

『猫、帰る。』

「こんばんは、お世話になった猫です」
 五連勤の最終日を終電であがり、上着を脱いだところへ女性は現れた。理解が追い付かない間に部屋へ上がりこまれる。チェーンはかけたまま。怪奇か過労かどちらにせよ正常ではない。
「お風呂ですか」
 察しが早くてありがたいが、疲れの方が身体にまとわりつく。話の前にシャワーを浴びてしまおう。何かあったら潔く死のう。
 さっぱりしてTシャツ短パン姿で戻ると、ベッドで黒猫が寝息をたてている。そうだった、お前は勝手に居着いて勝手に死んで、今度会えたら高級猫缶を食べさせてやると泣いたんだ。
 財布と鍵を掴んで部屋を飛び出す。十年昔に死んだんだから、知らないだろ。いまはちゅーるがあるんだぞ。

#Twitter300字ss 第43回「空」 『雨の裏側』

#Twitter300字ss 第43回「空」

『雨の裏側』
 靴の中までずぶ濡れで傘は役に立たない。季節の変わり目に体調を崩し、久しぶりに外出できたと思ったらこれだ。私の雨女っぷりは衰えていないらしい。
 オープンカフェの軒から滴る雨水の下で、白いローブが軽快に揺れている。世界の光が集まり、跳ねる音に喜びを含む。そこから異世界に通じていることに気がついた時、向こうも私を見つけた。金色の髪の間から鋭い眼差しを受ける。
 妖精の善悪を判断できる知識や勘を、私は持っていない。ただ、この鬱屈とした天気を楽しめるのは羨ましかった。意識が返ってきて、目の前の空に大きな虹が見えた。どこか遠くで陽が降りたのだろう。もやがかかっていた頭がすっきりしている。帰ろう、我が家へ。

#Twnvday 4月14日

#Twitter300字ss 第42回「遊ぶ」 『おんな、あそび』

#Twitter300字ss 第42回「遊ぶ」

『おんな、あそび』

 なめらかな白い背中は、ブラジャーのホックをつけて肩紐を合わせる。毎日行う動作でも、彼女の所作は美しかった。
 三十を過ぎた私の背中なんて、ぶよぶよにむくんで、家事のあれこれで凝り固まって、試着もしないで適当に買ってるブラジャーで、無理矢理女を飾っている。
「もっと『女』を楽しんだらいいのに」
 悪女のルージュみたいに真っ赤なパンプスへ爪先を押し込める「女」に、残念そうな眼差しで見下ろされる。そうだね、とだけ返事をして、さっきまで溶け合っていた指を絡めた。
 若いあなたの理想の人は、端整でとても綺麗なんだろうね。でも、完璧じゃないから私は遊びやすいんでしょう。
 次に会う約束だけをして、今日は終わる。

#Twitter300字ss 第42回「遊ぶ」 『いきる、おんな』

#Twitter300字ss 第42回「遊ぶ」

『いきる、おんな』

 カフェに買い物にカラオケに。大型連休を女友達とそれらしく遊び歩いて、帰りの電車を待っている時だった。向かいのホームに立つ若い女性の、真っ赤なエナメルのパンプスに目を奪われる。
「お前、女捨てたのかよ」
 同棲一年の記念日に放たれた、恋人の辛辣なセリフを反芻する。うなだれて見下ろす私の足元は、真冬の豪雪に備えて買った子供用の防水ブーツ。のっぺりした黒のおでこには遊び心なんて見つからない。
 私、ここで終わるのかな。手抜きしてきた訳じゃないけど、本気かどうか聞かれたら、わからない。
 下腹部から不安が膨れ上がる。電車に遮られて、あの赤はもう見えない。危険信号を鳴らされたように、足が勝手に走り出していた。

#Twitter300字ss 第41回「新しい」

『新曲』

 

スマートフォンに繋げたイヤホンから、好きなアーティストの新曲が流れる。ラブソングなんて世の中に溢れているのに、その人の言葉がその人の声で歌われると、朝一番の白湯のように優しく体内に広がった。
昨夜のメールのそっけなさに君は気づいただろうか。恋人になって三回目の春。次のステップを切り出さない態度に、不安を伝えていいのかもわからない。急かせば逃げられてしまいそうで、探りは入れられない。
『ポコン♪』
受信音に反応して画面を開く。同じ曲を聞いていたらしく、短い感想が書かれていた。
「こういう二人になろう」
死が分かつと知りながら共に生きよう。歌詞通りに受け止めてしまおうか考えながら、まずは週末、君に会いたい。