猫額の手帖

猫の額ほどの小さな物語を紡いでいます。

#猫額の手帖027

手を出せば怪我をする。注意事項みたいなものが、妖精たちにもあるらしい。礼儀を忘れてはならないとか服のほどこしをしてはいけないとか。見えるようになったからといって、向こう側のことについて、私はあまりにもうとい気がしてきた。好きになった相手の…

#猫額の手帖026

悪魔に気に入られている同居人はたまに、サラマンダーよりも激しく、ゴブリンよりも荒く怒りだして、止めらないことがある。そんなとき私は、満月がこぼれ落とした蜂蜜をすくい、たっぷり入れたミルクティーを差し出す。大丈夫、怖くないよ。猫たちも一緒に…

#猫額の手帖025

ふと、私のまわりには当たり前に存在している妖精はいったい何者で、どんなことをしてくれるのか、どんなことをしてはいけないとか、ルールやマナーを知らないことに気がつく。親しい相手に対しても礼儀はあるもの。人ではない彼らへは尚更に必要だろう。午…

#猫額の手帖024

母は生前によく珈琲を飲んでいた。そのせいだろうか、我が家のお姉さん猫のウクーはいつも珈琲の香りがして、甘えっこちゃんの妹猫のノノはたまにミルクの香りがする。二匹のお腹へ交互に顔を埋めてみると、これがカフェオレの香りに変化する。ささやかでこ…

#猫額の手帖023

玄関に揃えて置かれたコンバースのスニーカーは、冬の夜空と似た色をしている。どこまでも深い紺が歩くとき、きっと星をこぼすに違いない。その光を拾いながら集まってくる妖精が、願わくば、優しいものでありますように。私だけに見えている世界が、美しい…

#猫額の手帖022

トートバッグに秋の名残を詰め込む。古い知り合いが近くまで出てくる。この街にもまだ妖精が存在することを知り、彼らと共生するようになってから、人間と関わる機会を減らしてしまった。林檎のケーキに入れたシナモンは、こちらのものではない。どんな反応…

#猫額の手帖021

雨だ。天気予報を見るのをすっかり忘れていた。たまに遠出をするとこうだ。アパートまで走ったところで、洗濯物は全滅だろう。風と火の妖精たちが仲良くしてくれれば、なんとかなるかも。まあ、そんな気まぐれの高望みなんて、一度たりとも成功した試しがな…

#猫額の手帖020

名前を知らずとも、美しいものは美しい。呼吸が浅くなったとき、うつむいて歩いているとき、花はそっと咲いている。いくつかの光が浮わついて飛んでいた。妖精だろう。彼らの感性は人間とは違い、正誤や異形を問わない。愛された花の輝きに気がつけるかどう…

#猫額の手帖019

瞼を閉じて流れ星が遠ざかる。きらきらと焦げつく音が耳へ触れた。こんな夜は妖精たちが鮮やかに飛ぶ。冬の冷たい風を羽に乗せて、月まで上っていきそうだ。震えながら人間の身体を支える。この内側にある想いが涙に引き裂かれても、明け方の光に溶けていけ…

#猫額の手帖018

今日はやたらと迷惑メールが届く。URLを踏んだらだめなやつ。架空請求。なりすまし。ポイントカードだなんだと登録すればどこかから漏れる。削除が面倒になり、ソファーへスマホを放る。「にゃっ!」しまった。猫にヒットした。土下座しても許されないので潔…

#猫額の手帖017

同居人と付き合い始めた年のクリスマス、贈られたハンドクリームは、今でもポーチに入れている。消費期限があればそろそろ使うのはやめた方がいいかもしれない。甘ったるいバニラの香りはささくれた指先と気持ちによく染みる。そばにいた妖精が心地よさげに…

#猫額の手帖016

たたん、たたたん。揺れながら運ばれていく。人混みを嫌う妖精を電車内でも見かける。加護がある人のそばに居り、恨みを積もらせる人のそばにも居る。ヒヤリと背中が冷たい。斜め前に立つ女性の、スマートフォンを見つめる瞳が濁る。黒い淀みから必死に意識…

#猫額の手帖015

近所のスーパーへ夕飯の買い出しに行く途中、鳩が二羽、道路を占拠しながら羽の虫干しをしている。交通量が少なくないこの場所で、危なげなくいられるのは、日差しのゆらめきに踊る妖精のおかげだ。良い関係にはささやかな加護が見られる。今夜は久しぶりに…

#猫額の手帖014

あの指は昨晩、私の中を泳いでいた。怯え、求め、確かめ、安らぐ。赤子が母親をねだるような、乱暴でもあり優しさでもある感情に揺さぶられ、個々は対になる。リャナン・シーという妖精ならば、彼の魂を奪う代わりに何かを与えられたのに。人間でしかない掌…

#猫額の手帖013

「大丈夫だよ」私はよく悪夢を見る。目が覚めるまでの間に、同居人は背中を撫でて、猫たちも布団にもぐりこむ。ゆっくり瞬きをすると、ようやく脳みそが現実へ帰ってこられた。過去の記憶に縛り続けられている。ぬくもりをぎゅっと握りしめる。「大丈夫だよ…

#猫額の手帖012

等しく無力な夜。どうして懺悔したくなるのだろう。愛し方がわからずに言葉や態度で傷つけ、見放されないことを安堵する。相手が妖精や悪魔だったら呪い殺されている。同居人の内側に居る何かが、その類いだと知っていた。それでもこの手を離したくない。ご…

#猫額の手帖011

カフェのテラス席に案内され、寒さとコーヒーの温かさが戦っていると、蟻の子供がこちらを見ていた。余っていた角砂糖を爪で割り、イスの下へ放る。「きょうはみんなで、ジュースだ!」嬉々とした声がする。午後のティータイムを楽しく過ごせるのは、人間だ…

#twnvday 12月14日

ツイノベデーに投稿した三作品をまとめました。 『白詰草の冠』十六歳を迎えた朝。自国の新たな女王になる姉と隣国の王子へ嫁ぐ妹が、城内の草原に居た。「大丈夫かしら」「きっと大丈夫」服や装飾の違いでしか見分けがつかない双子は、白詰草で編んだ冠をお…

#猫額の手帖010

カモミールとタイムを合わせたバスソルトを湯船に入れる。昨日から鼻がむず痒く、今日はだるさもある。あまり具合がよくない。水の精霊が「ローストか?スープか?」と訪ねてくるが、あいにく私は食用肉ではない。カーディガンのボタンを外しながら、脱衣場…

#猫額の手帖009

ベランダで育てているハーブの葉を一枚もらっていいかと、立派な角のトナカイに聞かれた。「どうぞ」共有者の許可を得ていないが大丈夫だろう。渡した後で気がついた。そうか、トナカイ。今年はまだプレゼントの用意がない。ショーウィンドウで見かけたあの…

#猫額の手帖008

妖精は光り物が好きらしい。商店街の大きなツリーにライトが灯れば、ひとつふたつと淡い光が瞬く。よく見るとそれは、小さな人をかたどっているとわかるが、この賑やかさで気づく人間はほとんどいない。気づいてしまった私は、躍りの輪へ誘われている。タイ…

#猫額の手帖007

意識や気持ちをひとつの場所に集中させると、そこからダメージを受けたとき、取り返しがつかないほど心を折られてしまう。モノクロに閉じ込められた時期の私はすべてが怖かった。悪意を積みあげた壁を叩いても、血がにじむだけだった。世界に慈悲も救いもな…

#猫額の手帖006

集合ポストの中にギフト用の包装紙が見える。差出人は久しい友人だ。ばたばたと帰宅して靴を放り投げ、何故か正座をしながら封を開けた。小さな星形のキャンドル。金平糖柄の便箋には、気遣いの言葉が並んでいる。火の妖精がちらちらと集まりだした。今夜は…

#猫額の手帖005

電車の窓から見える景色は無機質で、どうやって妖精たちが生き延びてきたのか、不思議だった。「あなたが見なかっただけよ」空いた席へ座ると膝の上に光を見つける。小さな手を叩き、開いた小説の続きを催促する。色を失っていたのは私の方だろう。ゆっくり…

#猫額の手帖004

あなたのぬくもりを思い出すには、自販機で買ってから15分経ち、ぬるくなったミルクティーのペットボトルがちょうどいい。冷え症のてのひらで私の頬を撫でる。お互いに言葉足らずで、衝突してしまうけれど、伝わる体温は確かに共有され、その時ばかりは世…

#猫額の手帖003

ゴブリンが台所から走り去る後ろ姿を見て、今夜のチーズグラタンをあきらめる。彼らの悪戯癖には何度も負けていた。オーブンレンジの残り時間はさだかではなく、焼き直しするのには手間がかかりそうだ。同居人の帰宅には間に合わせたい。#猫額の手帖 — つん …

#猫額の手帖002

いつかまた逢いましょう。哀しみを胸に、凛とした背中を見送った。赦されるなら、あの人の幸せを願う。私の慰めを祈り続けた、たったひとりの友を。ひとまわり大きな月夜にそよぐ妖精よ、ヒイラギの葉を一枚、届けて。彼女を痛むすべてのものから、守れるよ…

#猫額の手帖001

ポプラの木を寝床にしている妖精は、風のものらしい。母が存命だった頃、そのような話をいくつか聞いたはずだが、幼心とともにサラマンダーに焼かれて食われたのだろう。いまは思い出そうとするだけで頭痛がする。鎮痛剤を口へ放り、ブラックコーヒーを飲み…

『はじまりのこと』

妖精たちとの共生が始まった日。

#Twitter300字ss 第38回「贈り物」

#Twitter300字ss 第38回「贈り物」初参加作品です。よろしくお願いいたします。 『穏やかでありますように』ジャンル:オリジナル作品リンク:http://nekobitainote.hatenablog.com/entry/1202tw300ss01 『ただそこに在るもの』ジャンル:オリジナル作品リン…