猫額の手帖

猫の額ほどの小さな物語を紡いでいます。

#猫額の手帖056

穏やかな気持ちの為に自分を甘やかす。人混みを抜けてたどり着いた店は、ちょっと穴場だ。階段を下るとすぐに席へ通された。メニューを眺めて少し悩み、注文する。薄暗い店内で囁くような会話が流れる。テーブルへ置かれたフレンチトーストを満面の笑みで迎…

#猫額の手帖055

実に良くない。つい買ってしまった焼き菓子を頬張る。アーモンドがたっぷりかかっていて美味しい。あと一口、というところで何とか手を止められた。このままでは夜の体重計が恐ろしい。ペーパーに移して戸棚へ置いた。お礼はいいからと胸中で言うと、妖精は…

#猫額の手帖054

小さいパウンドケーキを買った。食べ過ぎてダイエットが失敗するのは怖いが、我慢してストレスが溜まるのも嫌だ。これくらいは丁度いい。猫たちが静かに寝ている隙に食べてしまおう。いつもの戸棚を開いた所にある小皿へ切り分けたケーキを置いた。ブラウニ…

#猫額の手帖053

珍しいお茶をもらった。淹れたては透き通った青色で、レモンをたらすとピンク色へ変わるのだ。ハーブティーは嗜む程度だが、これは面白い。一人であれこれやり過ぎてカップがいっぱいになっていた。気づけば香りに誘われた妖精がちらほらと部屋にいたので、…

#猫額の手帖052

週末の疲れが表面化する。補充したバスソルトを眺めても気力がわかない。こういう時はぐだぐだに自分を甘やかすのが一番だ。ダウンジャケットをはおり、財布とスマホと鍵だけを持つ。駅前のケーキ屋さんへ飛び込んだ。さっと選んで会計を済ます。二人と妖精…

#猫額の手帖051

部屋の換気をする為に窓を開けると、妖精がベランダの柵に座って泣いている。冬に備えて揃えたレモンバームの葉をなくしてしまったらしい。慌てて台所の戸棚を探し、ハーブティーの箱を見つける。ローズヒップもおまけして差し出すと、あたたかく光り、頬に…

#猫額の手帖050

布団を開くとそこには猫がいた。昼間に干した羽毛布団に埋もれているのは、お姉さん猫のウクーだ。だいぶ高齢になり、冬は風邪をひかせないように大切に扱っている。まるで子猫のような顔をしていたので、思わずくすりと笑ってしまった。「気持ちは子猫よ?…

#猫額の手帖049

あくまで人間でしかない私に何が出来るのか。夕暮れをカーテンで隠して、世界との繋がりを少しでも減らす。ノノが見上げている。この子は察しがいい。椅子に座るとすかさず膝に乗ってきた。喉を鳴らして癒しを提供してくれる。いっそ猫の国で暮らして、下僕…

#猫額の手帖048

狭くて深い井戸を覗き込むように、向こう側を見た。忘れたい記憶を引きずり出され、気分は最悪だ。美しさは凶器になる。悲しみは狂気になる。人間であることの無力さを突きつけられた。もし彼らが本気で私の意識を迷子にさせていたらと思うとぞっとする。生…

#猫額の手帖047

瞼を開くのに随分と時間がかかった。ひゅっと息を吐いてからゆっくり吸う。肺の奥に酸素が運ばれ、脳へ信号が送られる。自分の体のまわりに幾つかの存在を感じる。愛猫のウクーとノノ、同居人、部屋のブラウニー。光の妖精も居そうだ。大丈夫、目を覚まして…

『部屋の片付けをする』

生活感を通り越し汚部屋と化した室内を見回す。ここでどう生きていたのか自分でも疑問に思う。久しぶりにカーテンをあけると、日差しがほこりを浮かび上がらせた。ペットホテルに預けた愛猫二匹を迎えに行くのは十八時。それまでにどうにかしなくては。 黒の…

#猫額の手帖046

バンシー、嘆きの妖精。彼女達は熱心な教徒のために泣く。だからこの葬儀には居ないはずなのに、どうして瞳を赤く染めているの。届かぬ声を荒げる姿へ、伸ばしかけた手がぺたりと触れる。鏡だ。向こうに見えるのは私だ。涙に埋もれているのは、助けられなか…

#猫額の手帖045

同居人の膝を借りて休む。先日出掛けた際に、悪いものに当てられた。人間の見えない場所に居るものが、美しいばかりだと勘違いしていたのかもしれない。誰しも裏表があるのに、向こうにはないなんて、勝手な考えだった。もっと知らなければ。妖精を、悪魔を…

#猫額の手帖044

息苦しさでめまいがする。久しぶりに人混みへ出た途端この調子では、社会復帰など出来るのかと不安の種が増える。視界に捉えた非常口のランプ。世界から逃げ出してしまえたら楽なのに。「お手伝いしましょうか」首筋にひやりと声が張りつく。心に闇を落とし…

#猫額の手帖043

限りある時間の中で愛を伝えるにはどうしたらいい。四つ葉の魔除けを定期入れに忍ばせる。小麦を七粒のせて、胸の前で両手を握る。「律儀な愛情は悪くないよ」囁く声がして目を凝らす。緑色の羽をのばして、からかうような瞳で妖精が見ている。答えてはいけ…

#猫額の手帖042

憧れがあった。ブランコをやめない子供、しかる親。帰り道に繋ぐ大小の手。愛情は無償で与えられ、それが当たり前であること。私とは違う世界の話。帰れない家、花びらのように身体中に咲く痣、かん高い母の罵声。あれは悪魔に憑かれていたのだ。死ぬまでず…

#猫額の手帖041

旅をするならどこだろう。風の気持ちいい山、あたたかな湯気の立ち上る温泉、マイナスイオンたっぷりの滝。妖精が様々な形で寄り添いながら生きていて、人間が忘れてしまった大切なものを語り継ぎ、時に厳しい姿で説き伏せる。私たちは世界のごく一部として…

#猫額の手帖040

「一緒に暮らそう」大きな悲しみと不自由な涙を流す私を、同居人は優しく撫でてくれた。冷え症のひんやりした手にすがりつき、もうこれ以上、心を壊すことはしたくないと願った。日々は常にバランスの悪い世界に存在する。穏やかであるのは難しい。私は彼と…

#猫額の手帖039

「好きだよ」とメールをしかけて削除した。この気持ちは、言葉は、機械や妖精の力を頼ってはいけない。伝えることが苦手な私たちは何度もすれ違い、悪魔はいともあっさりと同居人の心を溶かして飲み込んだ。宿る暗闇に勝てる術をまだ知らない。だから今は、…

#猫額の手帖038

世界に色が戻った日、妖精の姿は当たり前に存在していた。曇りのない空を悠々と泳ぎまわり、私のそばで笑っていた。最初はとうとう気がおかしくなったのかと思った。精神安定剤や睡眠導入剤の類いで変わるものはなく、それを事実として受け入れた。足元で咲…

#猫額の手帖037

病院から処方された薬を、朝昼晩就寝前と、欠かさずに飲み続けらるのは、一回でも忘れたらあっという間に向こう側へ連れていかれる恐怖心があるから。笑い合い嗤い合う、おかしな世界は、ほんのすぐ裏側に存在している。美しいだけに恐ろしい妖精たちと、私…

#猫額の手帖036

気になることを調べるために寄った図書館で、来年のカレンダーが用意されている。去年の私は、明日とか明後日とかわからなくて、一日を生き延びるのがやっとで、苦しくてたまらなかった。悲しみと向き合って、自分の中にある陰鬱とした記憶を解体しなければ…

#猫額の手帖035

ふんわりと焼きあがったホットケーキを食べる姿を見ると、同居人の中の悪魔はいなくなったのではと勘違いしそうになるが、まだいらっしゃる。エネルギーをたくさん摂取するので、肥満予防や栄養バランス、一番大事な食費に悩まされながら、今日も私は悪魔と…

#猫額の手帖034

空が青いなんて誰が決めた。私のフィルターを通して見えるキャンバスは不気味なほど、灰色のまま。昨日も一昨日もそうだったから、明日も同じに違いない。その代わり、鮮やかな妖精たちが悠々と泳ぐ姿を見つけやすい。「そろそろ吹くよ」風のものが教えてく…

#猫額の手帖033

二人を隔てるものが言葉なら、キスをして唇をふさごう。身体が邪魔をするのなら、抱き合って体温を交わそう。悲しみも喜びも分け合って眠ろう。あたたかな夜にすべての子供たちへ幸福が訪れますように。迎える朝が、安らぎと光に満ち溢れて、妖精の羽音が穏…

#猫額の手帖032

私が忙しさに心を失っていた時、悪魔は同居人の心へ住みついた。何度自分を責めただろう。時間に環境に周囲の抑圧に、すべてに負けたりしなければ、あなたをこんな苦しめることはなかったはずだ。今さら嘆いても解決も前進もしない。二人が幸せになる為に空…

#猫額の手帖031

賑わう街のイルミネーションに、違和感を覚えた。あの光だけ違う。周囲の人間達は雰囲気を楽しみ、隣に居る誰かを見つめる。母親に手を繋がれた幼い子供が指を向ける。「ちょうちょ!」こんな寒さの中で見えるのは蝶ではない。暗闇へ吸い込まれていく微かな…

#猫額の手帖030

駅前のミスタードーナツに立ち寄る。いくつ買って帰ろうか。私はひとつ。同居人はみっつ。家に住む妖精のブラウニーにも、おすそわけが必要だ。クーポン券には五個まで各百円と記載されている。みんなの分でちょうどになる。それぞれの好みのドーナツをトレ…

#猫額の手帖029

同居人の食べる姿が好きだ。テーブルの手料理を見つめ「食べていいの?」とたずねる。明日の分はタッパーに移してあるから、目の前のご飯はあなたのものだよと言うと、祈るように両手を揃える。「いただきます」一口を大きく含んで、よく噛んで。はじける笑…

#猫額の手帖028

母の通院に付き添っていた時期は、タリーズの新作を楽しんでいた。元々コーヒー好きで、院内唯一の休憩場所の常連だった。病院という性質からか、黒いものがそこらじゅうにいた。気分が塞いで、自分まで取り込まれないように、店頭で買ったくまのぬいぐるみ…